芸能界の荒波を乗り越え掴んだ、手島優の幸せのかたち。マネージャーとともに歩んだ13年と自身の結婚を振り返る

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グラビアやバラエティ番組などで幅広く活動し、タレントとして芸能界で長年活躍している手島優さん。

キャリアの序盤はグラビアで人気を獲得し、『週刊ヤングジャンプ』の読者投票で1位に輝いたり、様々な雑誌の表紙で活躍してきました。30代に差し掛かると、徐々にバラエティで存在感を放ち、次第にバラエティでは『ロンドンハーツ』や『ゴットタン』などでいじられキャラとして定着。

芸能界の酸いも甘いも知ってきた手島さんでしたが、昨年11月に一般男性との結婚を発表。

幸せムードに包まれる手島さんは現在、“みんなのお姉さん”的ポジションを獲得し、タレントの相談に乗ったり、コメントを求められたりと、今でもテレビなどで活躍中。

そんな手島さんを長年支えてきたのが、“なかむ”こと中村マネージャーです。

今回は、タレントとマネージャーという関係を超え、家族にも近い絆を持つ2人にインタビューを実施。

芸能界を走ってきた2人の歴史について、改めて振り返ってもらいました。

手島 優(てじま ゆう)

1982年8月27日生まれ、栃木県出身。
タレント。幼い頃から芸能界に憧れ活動を開始。2008年、「日テレジェニック2008」に選ばれ、北京オリンピックのサポーターガールを務めるなど、様々な雑誌で活躍するほか、テレビ朝日系「ロンドンハーツ」をはじめ多くのバラエティ番組に出演。

芸能の仕事についてすぐに担当したタレントが手島優だった。そこからはじまる13年の関係性

────手島さんと中村マネージャーの最初の出会いについて、教えてください。

中村MG:私がプラチナムに就職してすぐのときに、手島さんの取材の同行をしたのが初対面でした。それからもう13年の仲になりますね。今は僕がチーフマネージャーとなり、現場は別のマネージャーが担当しています。

手島:なかむと初めての現場のとき、撮影中に、私から見える位置にずっと立っていて、「恥ずかしいから見えないところにいて」って言った記憶があります(笑)。

中村MG:言われたの覚えてますね(笑)。芸能の仕事に就いたばかりで、撮影中どこにいたらいいのかわからず、とりあえず「ちゃんと見てますよ」感を出していたのですが、どうやら逆効果だったみたいです(笑)。

──お互いの最初の印象はどうでしたか?

手島:私は出会う前になかむのことをリサーチしていて、「お酒をけっこう飲む人らしいよ」みたいな、変な噂を聞いていたんです。「パリピな人なのか〜。どうやったら仲良くなれるかな」って思っていたんですけど、会ってみたらすごく優しくて、話しやすい人でした。

中村MG:当時の僕は本当に右も左もわからない状態だったのですが、手島さんは、すでにテレビやグラビアにたくさん出演されていたので、「雑誌やテレビで見る芸能人だ!」という感覚でしたね。

仕事がとにかく決まる。波に乗りまくっていた手島優、イケイケ期

──出会った当初、手島さんはどのような活動をされていたんですか?

手島:私は元々他の事務所で芸能活動をしていたんですけど、2008年にプラチナムに入所してから、すぐオーディションを受けさせていただいたんです。
で、移籍して初めてのオーディションで、「日テレジェニック」に選ばれたんですよ! 手島優全盛期ですよね。仕事も全部決まるし、怖いものはないという気持ちでした。

──すごい勢いですね。

手島:入所する前はオーディションにも落ちたりしていたので、今まで見下されてきた分絶対に見返してやろうと、野心をメラメラと燃やしていました。私のことを見つけてくれたからには、グラビアの世界で絶対に1番になろうと思っていましたね。 

──中村MGから見て、そのときの手島さんはどうでしたか?

中村MG:テレビで見る手島さんは、派手なメイクをして髪も明るくて、“強気なギャル”というイメージだったと思うのですが、実際は話す声も小さくてボソボソ喋るし、静かな感じでしたね。世の中で知られているイメージとは異なり、むしろ逆というか。性格も真面目そうだなという印象でしたね。

手島:本当は正統派でナチュラルなイメージで売れると思っていたんですけど、実際はSっぽいキャラで、とりあえず誰かに噛み付くようなキャラクターでした(笑)。芸能界で生き残らなければという危機感が常にあったので、一生懸命そのキャラクターを演じていたんです。でも、演じているキャラクターと本来の性格が違うから、撮影が終わったあとによく落ち込んでいましたね。「私ってなんなんだろう」みたいな(笑)。

中村MG:たしかに落ち込んでいたときありましたね。

──本来の性格とキャラクターとのギャップに、戸惑ってしまったんですね。

中村MG:もともと手島さんは、そんなに器用なタイプではないと思うんです。ただ「売れてやる」という気持ちがすごく強いので、求められたものに対して最大限頑張っていたのを横で見ていましたね。下積み期間も長かったので、ある程度はほかのタレントよりは立ち回りが上手くできていたのかもしれないですね。

いじられキャラのストレス発散でお酒に逃避!手島優やさぐれ期

──それからしばらく、世の中からは強気なキャラクターを求められていたのでしょうか?

手島:30歳を過ぎたあたりから、バラエティに出させていただくことが増えてきて、“幸薄いキャラ”だったり“モテないキャラ”でいじられるようになってきたんです。そのころから、だんだん自分のことがよくわからなくなってきました(笑)。
今まで求められたことに対して一生懸命、100%で返してきたのに、頑張った結果がこれなのかと。で、そのタイミングでお酒を覚え始めたんですよね。

──いじられのモヤモヤをお酒に発散していたんですね(笑)。

中村MG:夜中にベロベロになった手島さんから電話がかかってくることもありました(笑)。
「ここで飲んでるから来てくれ!」と。信頼してくれているから連絡しているんだろうなと思いましたが、飲みの席に他のタレントさんもいるなかで、「なんで俺を呼んだんだ?」とは思っていましたね(笑)。

手島:安心する人が、1人いてほしかったんです。私、心を開かないとなかなか素を出さないんですが、そのときはもうなかむに素を見せまくりでしたね。恋愛の話とかも全部してたし(笑)。

──タレントとマネージャーがそこまで親密で、プライベートまで付き合いがあるのは珍しいですね。

中村MG:そうですね。当時手島さんがやさぐれ期だったのは、ちょうどSNSが発達してきたタイミングでもあったんです。手島さんは真面目な性格なので、ネットニュースとか口コミをすごく気にしてしまうんです。番組出演後に、SNSで反応を見て、悩んでいたこともありました。

手島:もちろん有名なバラエティにたくさん呼んでいただいてすごく嬉しいですし、ありがたいんですけどね。やはりいじられる側も体力がいるんだなと思いましたね。

──バラエティといえば中村さんも『ゴッドタン』に出演されていましたよね。

手島:そうなんですよ!(笑) それが原因で喧嘩したこともあります。なかむはトークが上手いので、「なかむのバーターだね」なんて言われたこともあったし、私がいなくてなかむだけ呼ばれるときもあったりして、完全に嫉妬ですね。今思えば、私のためにオファーを引き受けてくれていたんですよね。

中村MG:そうですね。結果として手島さんの仕事に繋がればいいなと思って、当時は引き受けていました(笑)。

手島:今となってはわかるんですけどね。当時は、「なんでマネージャーの方がテレビに出てるんだよ!」と思っていました。

覚悟を決めて真摯に仕事に向き合う。手島優、再発見期

──30代前半は多くのバラエティに出演し、精神的にも大変な時期だったと思うのですが、そこからどのようにして立ち直ったのでしょうか?

手島:お酒でやさぐれている手島優をそれまで担当してくれたディレクターさんだったり、スタッフさんが見つけてくれて、またいじっておもしろくしてくれたんです。今度は番組内でもやさぐれキャラで扱われるようになりました。

──また違う形で、テレビへの出演が増えていったんですね。

手島:そうですね。ただ、もう一度テレビで売れるためには「何が何でもしがみつかなくちゃ」って考えに囚われ過ぎちゃって。。。
そうしたら、ある日番組で共演していた女優さんに「手島さんが変わってしまった」って言われて、このまま仕事を続けたら大変なことになると気づいたんです。そこから心を入れ替えて、お酒も控えるようになりました。

──そこから環境は変わりましたか?

手島:そうですね。真摯にもう一度タレントとして向き合ってみようとしたら、グラビアやテレビ番組からオファーが来るようになったんです。
自分の立ち位置も、いじられキャラから、誰かのお悩み相談を受けるポジションだったり、ちょっとしたご意見版みたいな役回りになりました。1つステージが変わったなって体感しましたね。

──いい方向へと変わってきたんですね。

手島:前より体を張ることもなくなったし、自分がなりたかった姿はここなのかな、と今は感じはしています。ただ、ちょっと物足りなく感じて、「もう少し下ネタとか言った方がいいですよね!?」と思う瞬間もあったりするんですけど、それをしてしまうとグラビア界の新人さんを潰すことになっちゃうと思い、発言は控えています(笑)。

「絶対にこの人と結婚してほしいと思っていた」2人の想い出が溢れる結婚式

──手島さんは2023年の3月に旦那様と結婚式を挙げられましたよね。手島さんの結婚に関して、中村MGはどのように感じていましたか?

中村MG:ずっと手島さんの恋愛は見てきましたが、女性としても本当に幸せになってほしいと思っていました。今の旦那さんとは、手島さんからもとにかく優しい人だと伺っていましたし、結婚する前に番組の企画でお話しさせていただいた際、本当に素敵な人で、絶対にこの人と結婚してほしいなと思っていましたね。

手島:結婚式ではなかむには友人代表として、スピーチをしてもらいました。スピーチは、私と出会ってから嬉しかったこととか、番組が決まって2人でガッツポーズしたこととか、そのときの私の表情とかを話してくれました。「そんなことまで覚えているの?」と、いうことまで細かく話してくれて、驚きました。私への愛が伝わってきましたね。

中村MG:結婚式の前に、スピーチの内容を考えて1度リハーサルをしてみたんです。そしたらエピソードが止まらなくて、20分くらいになっちゃって(笑)。一般的な結婚式のスピーチは3分程度みたいなので、当日はかなりカットして話しました。

手島:20分は長いって(笑)。でもほんといいスピーチだったなあ。泣いちゃいましたもん。今までのいろんな思い出を本当に細かく覚えていてくれて、愛情を感じました。

──今改めて手島さんとの思い出を振り返ってみて、印象に残っていることはありますか?

中村MG:ロケ撮影で、手島さんの実家に行ったことがあるんです。そのとき初めてお父様とお母様にお会いしたんですけど、家の中に手島さんの写真がたくさん飾ってあって、もう「手島優 記念館」みたいになっているんです。
手島さんの実家はお煎餅屋さんなんですが、行くと必ず事務所の方の分までお煎餅をくれたりして。そういった親御さんの姿を見て、手島さんは愛が溢れた家で、とても大事に育てられたんだなと感じました。

手島:もう私からしたら、なかむは親戚のおじさんみたいな感じなんです。身内のような距離感なんで、今は現場に来られると逆に恥ずかしいんですよ。私が仕事のスイッチを入れてトークしているのを見られるのが、本当に恥ずかしい。来ないでって思います(笑)。

───聞けば聞くほど、素敵な関係ですね。最後になりますが、手島さんのこれからの展望について、教えてください。

手島:今までいろんな人がつくり上げてくれた“手島優”というキャラクターを8割くらい残しつつ、それにプラスして、今の幸せな感じを出していけるようなキャラクターに持っていければいいかなと思います。今も、テレビには一生出続けてやろう、という燃えたぎる気持ちは持っています。具体的な目標としては、地上波のCMに出演することが目標です。そのためにはなかむ達にも頑張ってもらって!(笑)。

中村MG:はい、頑張ります(笑)。

【取材・撮影】
高山諒(プラチナムタイムズ編集部)

【企画】
新保紘太郎(プラチナムタイムズ編集長)

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